1977年4月の終わり 大阪府吹田市済生会病院にて母 洋子のおなかの中からこの世に出てくる。
小さいときから、アレルギー性結膜炎になったり、4才の時に盲腸で腹膜炎を起こして
死にかけたり・・・
父はお酒が大好きで、浮気をしていた。
その浮気相手から夜中に何度も電話があったりしてすごく嫌な思い出が多い。
母は私が小学5年の時に難病にかかり、それから10年後にこの世を去った。
19才の時 古着屋の販売員を経験するが、服やらなんやら物欲が
すごくて、20代前半で借金を作った。
そして27才に私の転機が起きた。
今の主人と知り合い、主人はサーファーだったので、宮崎移住を決意した。
私もそれに簡単な気持ちで 移住を決意した。
最初は本当に戸惑った。
まだ借金もあったし、知り合いもいない。
主人とはまだ付き合って間もなかったから性格なんて解らない。
本当に喧嘩しまくった。大阪へ帰るってなんど口にしただろう。
本当に今思えば 「頑張ってきたな」
そんな今 やっと 自然な自分になれてきた。
心の傷は親から子へと受け継がれた、先祖代々の心の傷。
親もまたその親から 受け継いでいる。
誰が悪い訳でもない。
それを知ること。
そんな心の傷が周りのモノへ鏡となって写る。
母の死も、父の浮気も何かの現れ。
そして、その端末に私がこの世を生きている。
この世 今 現在 様々な問題が
目の前に浮上している。
紛れもなく世界中の人々 物質的に存在しているモノ
全てに影響がある。
この世は 果たして そんなに 苦しいモノなのだろうか?
私はそうは思わない。
自分が 今に より今に フォーカスしたとき
全ての流れの中に いる自分に気づくだろう。
そして、コントロールは出来ないと気づくだろう。
全てにゆだね 全てを許し 全てを感じ 一つを感じる。
今 まさに そのときが 近づいている。
今 土いじりしながら、グラウディングの最中です。
無農薬・米ぬか、草の堆肥でお野菜を作っています。
雑草ではなく、素晴らしい草の堆肥。
草や野菜の生命力にパワーをいただいています。
素晴らしい世界です。